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長崎地方裁判所 昭和35年(ワ)253号 判決 1961年12月26日

原告 富士物産株式会社

被告 国

訴訟代理人 中村盛一 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五五二、五七〇円およびこれに対する昭和三五年六月一八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「(一) 訴外株式会社九州相互銀行は昭和二七年七月二八日、訴外大和罐詰株式会社との間に、次のような内容の根抵当権設定契約を締結した。

(1)  債権元本極度額 金二、〇〇〇、〇〇〇円

(2)  利息 日歩三銭五厘

(3)  遅延損害金 日歩五銭

(4)  抵当権の目的物 訴外大和罐詰株式会社所有の工場財団

(二) 前記九州相互銀行は、右契約にもとづき前同日長崎地方法務局蚊焼出張所に「工場財団根抵当権設定登記申請書」を提出した。同出張所登記官吏は同出張所同日受附第一、三七五号を以て右申請書を受理したが、右申請書にもとづき登記事項を登記簿に記入するに当り、右申請書に「債権元本極度額金弐百万円」と明記してあるのにかかわらず、「債権極度額金弐百万円」と記入し、「元本」の二字を遺脱した。

(三) その後右九州相互銀行は、前記契約にもとづき大和罐詰株式会社に対して、金一、八七〇、〇〇〇円を貸し渡したが、右大和罐詰株式会社が右貸金の元利金の支払を遅滞したので、右九州相互銀行は昭和三三年一月二一日抵当権実行のための本件抵当物件である前記工場財団につき競売の申立を為し、長崎地方裁判所昭和三三年(ケ)第八〇号として係属した。

(四) 原告は同年一月二八日、右貸金債権を前記根抵当権とともに譲渡を受けたが、その後右競売手続は進行し、昭和三五年二月一七日の競売期日において原告が金二、六〇〇、一〇〇円で本件抵当物件を競落するに至つた。

(五) そこで、原告は右執行裁判所に対し、右譲渡を受けた債権と右競落代金との相殺を申立てたところ、原告の計算によれば、競落代金二、六〇〇、一〇〇円は当然優先すべき債権元金一、八七〇、〇〇〇円と利息金六八二、五七〇円計二、五五二、五七〇円の弁済に充当されるべきであるのに、前記根抵当権設定登記に前記遺脱があつたため、右競売事件の配当の結果は左記のとおりとなり、原告は右競落代金二、六〇〇、一〇〇円から債権極度額二、〇〇〇、〇〇〇円についてのみ優先弁済を受け得たのみで、元利合計金二、五五二、五七〇円から右二、〇〇〇、〇〇〇円を差引いた金五五二、五七〇円については優先弁済を受けることができなかつた。

(配当の結果)

(1)  収入

競落代金 二、六〇〇、一〇〇円

右金員に対する利息 二三三円

計 二、六〇〇、三三三円

(2)  支出

競売手続費用 三一、六八五円

一番抵当権者(原告) 二、〇〇〇、〇〇〇円

長崎税務署 二五〇、五九三円

長崎市 五九、一四〇円

二番抵当権者 二五八、九一五円

計 二、六〇〇、三三三円

(六) 従つて、原告は右優先弁済を受け得なかつた金五五二、五七〇円について右同額の損害を蒙つたのであるが、これは国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて過失によつて違法に他人に損害を加えたときに該当し、国がこれを賠償すべき責に任ずべきものである。」

と述べ、被告の仮定抗弁事実を否認し、

証拠<省略>

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中(一)ないし(四)記載の各事実は認める。(五)記載の事実中、原告が元利合計金二、五五二、五七〇円について優先弁済を受けるべきであつたという点は否認(尤も、金二、〇〇〇、〇〇〇円の範囲内においては原告に優先弁済受領権のあることは認める。)するが、その余の事実は認める。(六)記載の事実は否認する。

原告は、訴外株式会社九州相互銀行から、被担保債権極度額二、〇〇〇、〇〇〇円の限度においてのみ第三者に対抗し得るにすぎない根抵当権を譲り受けたもので、しかも右の範囲内においては現実に優先弁済を受け得たものであるから、原告は何等の損害をも蒙つていない。」

と述べ、抗弁として,

「仮りに、原告の主張が理由があるとしても、原告にも左記のような過失があるから、損害額の算定については原告の右過失も斟酌さるべきである。

即ち、原告は客観的には「被担保債権極度額金二、〇〇〇、〇〇〇円」の限度においてのみ第三者に対抗し得るにすぎない根抵当権を「被担保債権元本極度領金二、〇〇〇、〇〇〇円」の効力を有するものとして譲渡を受けたものであるが、原告は本件根抵当権の効力の及ぶ範囲等については充分調査した(乙第一号証の債権譲渡契約書第四条により明白である。)ものであるから、本件根抵当権の実行の結果優先弁済を受け得る範囲については充分予知し得たにもかかわらず敢えて右譲渡を受けたものであつて、原告がその主張のような損害を蒙つたとしても、その損害の発生については原告にも過失がある。」

と述べ、

証拠<省略>

理由

訴外株式会社九州相互銀行が原告主張のとおりの根抵当権設定契約を訴外大和罐詰株式会社との間に締結したこと、右九州相互銀行が右根抵当権設定の登記申請を為したところ、長崎地方法務局蚊焼出張所登記官吏が右登記を為すに当り、登記簿に「債権元本極度額」と記入すべきところ、「元本」の二字を遺脱し「債権極度額」と記入したこと、その後右九州相互銀行が右根抵当権にもとづき競売の申立を為した結果、右抵当物件を原告が金二、六〇〇、一〇〇円で競落したこと、原告は右競落以前に右九州相互銀行から被担保債権とともに右根抵当権(但し、その効力の及ぶ範囲については後記のとおり争いがある。)の譲渡を受けたこと、原告は前記競落代金の配当において、右譲渡を受けた債権元本金一、八七〇、〇〇〇円とその利息金六八二、五七〇円に対し、前記根抵当権の被担保債権元本極度額が前記登記官吏により「債権極度額金弐百万円」と登記されていたため、金二、〇〇〇、〇〇〇円についてのみ優先弁済を受けたにすぎなかつたこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。しかして、右「元本」の二字の遺脱が登記官吏たる公務員森川安雄の過失に基くことは同人の証言によりこれを認めることができる。

ところで、原告はその有する譲受債権元利合計金二、五五二、五七〇円のうち優先弁済を受けた金二、〇〇〇、〇〇〇円を除くその余の金五五二、五七〇円について優先弁済を受け得なかつたのは登記官吏森川安雄の前記過失によるものであるから国家賠償法にもとづき被告に対し右損害の賠償を求めるというのであるが、成立およびその原本の存在について争いのない乙第一号証ならびに成立について争いのない甲第一号証によれば、原告がその主張する根抵当権を訴外株式会社九州相互銀行から譲り受けるに際しては、当時同銀行が有せる貸付金と遅延利息債権のうち一、二〇〇、〇〇〇円を弁済しただけで、その全債権の譲渡を受け、且つ右抵当権の目的物の現状、権利関係、抵当権の順位および効力の及ぶ範囲について充分調査を終え、翌日右抵当権の移転登記手続を為したことが認められるので、少くとも第三者に対する対抗力の点については、登記簿に記載されているとおり「債権極度額金弐百万円」(乙第一号証の債権譲渡契約書末尾抵当権の表示中にも極度額とあるのみで、元本極度額なる記載は存しない。)ということで、これを譲り受けたものであることが明らかであり、右認定と相容れない原告代表者の供述部分は措信し難く、証人荒木豊の証言及び甲第二号証はいまだ右認定を左右するに足りない。しかして、右極度額については現実に優先弁済を受けたのであるから原告に対する限りでは登記官吏の前記過失と因果関係を有すべき損害は何等生じていないものといわざるを得ない。

したがつて、原告に関する限り前記登記官吏の過失を責め、損害ありとしてその賠償を求めようとするのは筋違いであつて、失当といわざるを得ない。(のみならず、本件抵当権の実行によつて弁済を受け得なかつた金額については、原告は債務者大和罐詰株式会社に対しその支払を求め得るのであり、右残債権の弁済を受けることが不能となつたという点について立証がないのであるから、原告に現実の損害を生じているということもできない。)

よつて原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 海原震一 高橋弘次)

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